グアテマラで、写真で生きていくと決めた。その時から迷いはない。

第2回 青山裕企 Photographer

旅が自分を成長させ、旅で写真に目覚めた。

根底にあったのは自分へのコンプレックス。
自分を変えられるコトを探していた

---いつの頃から、どのように写真を撮り始めたのでしょうか。

筑波大学へ心理学専攻で入学したんですけど、すぐに休学して旅に出て、一眼レフで撮り始めました。最初の旅は写真が目的ではなかったんですけどね。休学は入学してすぐだったので季節は夏くらい。本屋でたまたま、“自転車旅行を始めよう”というようなタイトルの本を見つけて、そのまま日本縦断を決意しました。北海道から沖縄まで行こうと決めて、約半年かかりましたね。

このとき向かい合っていたのは自分へのコンプレックスでした。体が弱い、人見知りでコミュニケーションがうまくとれない、いままで何かに打ち込んできたというものもない……そんな自分を変えたくて。何か自分の力でできるものをやってみたかったんです。それが自転車をこぐことだった。自分を変えてくれたのが旅でしたね。

北海道を自転車で周っていた時、霧に包まれているはずの摩周湖が晴れてすごくきれいで。小さいフィルムカメラは持っていたんですが、一眼レフを現地で買いました。ニコンのFM10だったと思います。なんとなく一眼レフの方がきれいに撮れると思ったんですね。オーソドックスに旅行の写真を撮る。これが写真を始めたきっかけです。カメラは人見知りな自分をカバーしてくれました。こうやって旅に目覚めて、旅で写真に目覚めました。

---以前からカメラの知識や興味はあったのですか?

全く無いです(笑)。そのときは、写真を仕事にしたいというより単純に旅が面白いなと。自転車で走っているとちょっとずつ自分に自信が持てて復学しようと思いました。そしてその後2年間は学生をしつつ、世界を周ろうと考えて、次の旅に行く準備を進めました。

写真は楽しくて、旅行中は宿の人とかを撮って、復学してからは周りの友達を撮り始めたんです。田舎だったので、遊び場が公園だったんですよ。その頃から友達をジャンプさせたり、自分もジャンプしてセルフで撮っていました。自宅に暗室をつくったり、写真をポストカードにしてフリマで売ったり、仕事ではないけどすごくハマってるものとしてやっていましたね。

9.11の後に訪れたNYでの体験は大きい。
やりたいことはやらないとダメだと思った

----フォトグラファーになると決めるまでに世界を2周されたようですが。

世界1周を2回する旅に出て、1周に半年かけました。ただし、まだ写真主体というか写真を撮りにいくための旅行ではなかった。自転車の頃と同じで、自分を鍛えに行きました。まだコンプレックスを完全には払拭できないでいたし、人見知りとかコミュニケーション下手な部分を解消したかったんです。

国を選ぶときには言葉が通じない国、英語が使えない国を積極的に選びました。強くなれるかなと思って、あえて(笑)。たとえば、シベリア鉄道で中国人と喋ろうにも言葉が通じないんで、漢字を書いてみるとか、お互い歩み寄ってコミュニケーションをとっていきましたね。

世界旅行1周目は2001年だったんです。ちょうどニューヨークを訪れたのが9.11(アメリカ同時多発テロ事件)の 2週間後でした。ここで受けた衝撃は大きかった。今まで訪れた国のことなどもフィードバックしてきて、貧しい国だと仕事が選べないけど、日本は一生懸命やれば大抵はやりたいことができる。こんなにチャンスに恵まれているなら、やりたいことをやらないとダメだと思いました。

でも、実際に何をやるかは決まらなかった。1周目と2周目の間にちょっと準備期間があるんですけど、その間に、学園祭とか、個人的にできる範囲で作品を展示や販売をしていました。写真を仕事にしたいという気持ちが少しはあったんですが、趣味を仕事にしてもいいのかと悩む気持ちもありましたね。それでも、写真をどんどん好きになった。そんな気持ちの葛藤を抱えながらの2周目の旅でした。

2周目は、1周目とは心境が全く違いましたね。国が違っても目に映る景色や人との出会いが同じに感じられて、感動が薄れていました。旅自体にモチベーションがあがらなくて辛かったです。中央アメリカのグアテマラで、そこに留まって語学学校に通うかどうか迷っていたんですが、決断の日の朝、不思議なことが起こったんです。

シャワールームで朝日を浴びていたら、僕は無宗教だけど、神の啓示のように、もう、パーッと光とともに写真への迷いが決心に変わって……。そこで写真の道で生きていくと決めたんです。一目散に帰りのチケットを取って日本へ帰りました。だから2周目はほとんど行っていなくて、本当は1周半なんです(笑)。それから今まで、写真を止めようと思ったことはありません

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個展「空跳博 -JUMP EXPO 2005-」
PUNCTUM(東京/京橋)
2005年

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展覧会「THE EXPOSED of the art vol.1
PHOTOGRAPHS(椿昇×後藤繁雄)」
海岸通ギャラリーCASO(大阪)
2006年

巡回展「ソラリーマン・ビエンナーレ2007 荻窪館」
Cafe&Bar 草花屋(東京/荻窪)
2007年

個展「undercover」
PUNCTUM(東京/京橋)
2007年

個展「undercover」
PUNCTUM(東京/京橋)
2007年

個展「undercover」
PUNCTUM(東京/京橋)
2007年

作品はコチラ

Profile プロフィール

青山裕企
Yuki Aoyama

フリーランス・フォトグラファー

1978年に新潟県に生まれる。高校まで名古屋で育つ。1998年筑波大学へ入学後すぐに休学。自転車で日本縦断の旅に出る。旅先にて北海道の景色に魅了され写真を撮り始める。1999年に大学復学した後も自分や周りの友人を撮影し続ける。この頃よりジャンプ写真にハマる。2001年に世界2周の旅に出る。2002年に2周目の道中、グアテマラにて突然カメラマンになる決意をして帰国。2004年に上京。東京写真学園へ入学。2005年大学を卒業後「ユカイハンズ青山裕企写真事務所」を設立。
2006年「第34回社団法人日本広告写真家協会公募展」入選、2007年「ワンダーシード2007」入選「トーキョーワンダーウォール公募2007」入選「キヤノン写真新世紀」優秀賞(南條史生 選)など数々の公募展で受賞。
グループ展「1st Labo.」「2nd Labo.夜色」「3rd Labo. 新世界 〜見たことのない風景〜」「THE EXPOSED of the art vol.1 PHOTOGRAPHS(椿昇×後藤繁雄)」、個展「空跳博 -JUMP EXPO 2005-」「ソラリーマン -JUMPING
PAPAS-」「undercover」など多くの写真展にて、作品を精力的に発表する。
また、人物撮影を中心に舞台や、音楽、Web、企業広告などさまざまな分野で、フリーランス・フォトグラファーとして活躍中。

URLhttp://yukiao.jp/

Item アイテム

世界旅行の旅路は、船で中国に入って、モンゴルでホームステイ。シベリア鉄道を使ってモスクワまで。ウズベキスタン、トルコ、シリア、ヨルダンなどの中東諸国を回り、ギリシア、ヨーロッパ、アイスランド、NY、ペルーからアルゼンチンまで、そしてLA、日本へと。2周目は逆周り(当初はアフリカなどもルートに組んでいた)。逆周りのグアテマラ滞在中、写真で生きていくと決めた。

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