「感情」の引き出しの数が多ければ多いほど写真を撮る時にそれが手がかりになる

第4回 澁谷征司 Photographer

心にひっかかっていたものが、ふっと蓋を開けて出てくることがある。それは、僕の中の記憶がざわめく瞬間

過去の記憶を掘り起こす、
再生することに興味がある

---写真を始めた当時、バンド活動をしていたと
お伺いしています。澁谷さんと音楽との
かかわりについて教えてください。

小さい頃は映画音楽の作曲家になるのが夢でした。父が映画好きで、家にたくさんビデオがあったのでよく観ていたんです。『ブレード・ランナー』のサントラに入っているヴァンゲリスの「愛のテーマ」とか『クレイマー・クレイマー』が好きでしたね。

高校から21歳まではバンドをやっていました。みんなロックンロールに憧れる時代だったんです。それに、何か自分の中で「燃やしたいもの」があった。10CCのコピーバンドをしていたこともあります。70年代後半から80年代初めのバンドだからリアルタイムではもちろん知らなかったけど、初めて聴いた時、自分にとっては新しく聞こえました。

---何か表現したいものがあったのですか?

バンドをやったり、曲を作ったりすることを自己表現だとは思っていません。そうしたことはあまり興味がないし、新しい何かを作り出そうという欲望もない。僕は過去をなぞるというか、過去の記憶を掘り起こす作業に興味があります。過去は、自分自身の記憶でもあるし、世界の過去の記憶でもあると思います。

例えば著名な作曲家だって、全く新しいものを一から作っているわけじゃない。過去に誰かが奏でた音の記憶を丹念に掘り起こして、もう一度組み上げている。僕は、その部分、つまり記憶を再生する作業に心惹かれます。

---音楽は写真に影響を与えていますか?

ええ、ある部分では。写真を正確に描き切るには音楽が役に立つ時もあります。僕は感情の引き出しを、こと細かく仕分けしておきたいんです。その分類が、音楽を使うとより明確になる。「せつない」という感情ひとつとっても、それをたったひとつの言葉で表現するのは大雑把すぎるんです。僕の中ではその中に何百ものグラデーションがあって、その感情の引き出しの数が多ければ多いほど、写真を撮る時にそれが手がかりになります。

---いつもシャッターチャンスを求めて
周囲を見回しているほうですか?

そういうことはしないですね。風景や人、モノなど何かの最高・最適な状態、つまり“ピーク”を探し求めているとするなら、始終あたりを見回していることになると思うんですが、僕はピークを探さない。

そういうものを求めると、写すものは見慣れた光景になってくるんです。見慣れた光景を撮ることは僕にとって偶然の入り込む余地のない行為なんです。夢見がちな自分が漠然と写しても、甘ったるいものができあがってしまう。だから、そこには強いリアリズムの裏づけが必要となってくるんです。もしも、絵なら細かいところまで描き込むとかそういうことになるでしょうね。ただ、それを写真でどうするかということをうまく言葉にはできない。同じような質問で、「どうして、ここでシャッターを切ったのか」と、聞かれることがあるけど、それに答えるのはとても難しいですよね。その時だ、と思ったからとしか僕には言えない。

僕はとても物事を理解するのが遅い人間なんです。物事を飲み込んで、わかるようになるまでにとても時間がかかる。たとえば、目の前にあるものが、なんだか気になるのに、じっと見つめるだけで、撮らないことがあるんです。でもある日、そうやって心にひっかかっていたものが、ふっと蓋を開けて出てくることがある。そんな時は、カメラを向ける前から、もう仕上がりが見えているんです。それは技術的な仕上がりというんじゃなくて、ある種の予知というか未来の記憶みたいなものです。僕の中の記憶がざわめく瞬間といったらいいかな。ある印象みたいなものを抱いているとふっとわいてくる、ある時ふっと出てくることがあるんです。このことが、どこでシャッターを押すのかという問いに対する、一つの答えにつながるかもしれません。

その人に“入り込む”手がかりが絶対あるはず。
それを見つけ出して撮る

---プロの写真家として活動していくきっかけになった
仕事について聞かせてください。

『VOGUE JAPAN』の仕事です。当時、フォトディレクターのアシスタントをしていた友人が、フォトグラファー候補の中に僕のブックを混ぜておいてくれたんです。

---選ばれる予感はありましたか?

あるわけないですよ(笑)。他は世界中から集まったモード写真なのに、僕のは沖縄の海などを撮った素朴な風景写真だったしね。でも、採用してくれたんです。一番最初の仕事では、バーバリーの服を着た小さな女の子を撮りました。最初の仕事だったんだから、緊張はしたんでしょうけど、よく覚えてません。でもね、たいした根性というか、僕はその時一枚しか撮らなかったんですよ。

---たった一枚? それは、ここしかないと思って
シャッターを切ったんですか?

写真の上がりを見た時には、きっと、怒られるなと思いました。横を向いている写真だったし、誰だかわかんないって言われるんじゃないかと。でも、結局その写真でよかったんです。それから、わんさか仕事が来るかといえば、そんなことはなかった。ひと月に仕事が二つだったり、三つだったり、また一つになったり。でも、それから間もなく『コマーシャル・フォト』の若いフォトグラファーたちみたいな特集で取り上げられたんです。

---その時、写真家としての道を順調に
歩み始めたという実感はありましたか?

いえ、道を歩んでいるという感覚は今もないですよ。僕はアシスタントとして修行したわけでもなく、学校へ行ったわけでもなくて、何を守るってわけでもない。仕事をする時はいつも、次は来ないかもなって思いながらやってます。だから逆に、どの仕事も楽しくて印象的なものばかりです。忘れたくなるような嫌な仕事なんて、たぶんほとんどないんじゃないかな。依頼される仕事では、誰を撮るかは選べないですけど、その人に“入り込む”手がかりが絶対あるはずだと思って、それを見つけ出して撮っています。

---道を歩んでいる実感がないとしたら、
あえて例えるなら、どんな感覚でいるんでしょう。

昨日、ipodで薬師丸ひろ子の歌を聴いていたんです。その歌詞の中にオールのないボートっていうくだりが出てくるんだけど、そんな気分かなあ。オールがなく漂っている感じですかね(笑)。

---薬師丸ひろ子を聞くんですか?
澁谷さんの年齢で珍しいですよね。

薬師丸ひろ子、好きですよ。ある歌の歌詞の中に「好きよ、でもね、たぶん、きっと」っていうのがあるんですけど、こういった気もちの揺れが好きなんです。松田聖子も好きなんだけど、やっぱり「好きよ、きらいよ」っていうフレーズがあります。「好きよ、きらいよ。うそよ、本気よ」。そうした、抗えないっていう感覚が好きなのかもしれない(笑)。……話題が、写真からはずれちゃいましたね(笑)。

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「ABERDEEN」2006年1月

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Profile プロフィール

澁谷征司
Seiji Shibuya
Photographer

1975年東京生まれ。95年より独学で写真を始めCDジャケット、雑誌、広告、TVCF、PVなど多方面で活躍。写真集に『BIRTH』(赤々舎)がある。07年AMPGにて個展「BIRTH」。08年6月17日〜30日南青山のスパイラルにてPhoto Selection by Spiral vol.1澁谷征司写真展「RIVER」開催。

URL http://www.spiral.co.jp/event/
pickup/photo_selection_by_spiral_vol1/

URL http://www.seijishibuya.com/

Item アイテム

1947年頃の家族写真。数ヶ月前、鎌倉のアンティークショップで購入。「たぶんこれはお母さんが撮ったんじゃないかな。古い写真が好きでたまに買ったりします。いろんな想像ができますよね」。

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