誰もがイメージできる写真を残せたら写真家として幸せなこと

若木信吾 Photographer

中谷美紀写真集/若木信吾写真『白洲正子 TRAVELING DAYS 中谷美紀 as 白洲正子』女優・中谷美紀が演じる「白洲正子」の西国巡礼の旅を再現!

「白洲正子が走らないっていうのは、ウソだろう。絶対走るだろう!」

ー今回の写真を撮られたきっかけを教えてください。

NHKのドラマスペシャル『白洲次郎』のスチール写真を担当したのがきっかけです。ドラマの中で使用する写真のための撮影だったのですが、白洲次郎役の伊勢谷友介さんを撮った『白洲次郎UNKNOWN YEARS』が好評だったので、どうしても本にしたいという思いがあって。実は出版できるかどうかは分からなかったんですが、中谷さんに写真集にしたいとお話したら、「ぜひ」と快く受け入れてくださいました。

ー白洲正子さんの著書『西国巡礼』を再現するストーリー。場所も京都・滋賀。白洲正子さんを演じる中谷美紀さんを撮影するという作品ですね。

試みとしては新しいものだと思いますね。中谷さんの写真集だけれど、白洲正子さんの本でもある。なかなかないタイプの本だと思います。

ー中谷さんが白洲正子さんに似ていらっしゃいますね。

メイクや衣装によるものもありますが、仕草から何から、中谷さんがびっくりするほど似ていて、そのもの(笑)。

もともと白洲さんは、資料や写真、スナップショットなどもたくさん残っていて、『西国巡礼』にも、お寺に行って何かを見たり、メモを取ったり、タバコを吸っていたり……という写真が掲載されています。中谷さんは、そういうもので事前に勉強していらっしゃる上に、白洲さんが心酔されていたお能も習われていて、役作りがすごいなと思いました。

ー撮影の際は、中谷さんを撮ろうという意識でしたか?
それとも、白洲さんを撮ろうと?

写真は、見えたようにしか写らないですから、特に意識はしていませんでした。でも、今回は結構難しかったですね。中谷さんは、最初から白洲正子になっているから、当然、白洲正子のように見える。でも、自分としては、なんかこう、既視感のあるような感じになってしまったんです。白洲さんの本を、事前に見たり読んだりしていたし、『西国巡礼』にも白州さんの写真は残っているので、それを、もうひとひねりしないと、結局マネの写真になってしまうなと。それでは、強さが出てこない。

ーでは、そのためにどのようなことをされたのですか?

中谷さんともいろいろ話をしながらトライしたのは、「白洲正子さんが『西国巡礼』で旅した時に、写真として残っていない部分をやってみよう」ということでした。白洲さんは、“韋駄天(いだてん)お正”と言われているほど、型破りな行動をとる、負けん気の強い女性の代表でした。だから、「しずしずお寺ばっかり見ているはずがないよね。当然1人で旅している時に、きれいな山を見たら、気分が盛り上がって走っちゃうかもしれないし、お酒飲んでいる時なんか、きっと男っぽくなっているかもしれないよね……」と。

ー山に向かって両手をあげて、思いっきり走っている写真がありますが、これも「白洲さんなら、やっているだろう!」という想像から?

時代として、当時の女性たちは、ここまで喜怒哀楽を表したりできかったと思うんです。でも、「白洲さんのあの性格だったらやっているんじゃない?」と。

ー中谷さんには「走ってください」と?

タイミングを見計らって「山に向かっていると、どういう気分に…?」なんて中谷さんに声を掛けると、「じゃあ、行きます!」って、いきなりバーッと走ってくれて。中谷さんが、昇華して想像してやってくれているんです。

走ってもらうのがいいなと思ってはいたんですけど、まさかこんなに喜んで手をあげて走るとは! しかもバッグを振り回して走ってくれて。……実は、この後、カツラとれちゃったんですけど(笑)。

ーそのカットは写真集には
入っていなかったようですが(笑)。

そこは、さすがにヘアメイクの方にもちょっと失礼なので、写真集のセレクトからは、外しました。すごくいい写真が撮れたんですけどね、カツラが飛んでいる(笑)。

ー苦労されたところは?

撮影については任せていただいていたので、最初は何をどう撮ろうか手探りな状態でした。このままじゃまずいなと思っていた時、今回の写真集のADをされている井上嗣也さんがおっしゃっていた言葉を思い出したんです。「ADにとって一番重要な仕事は、現場に行った時に、撮らなきゃいけないもの以上のイメージを思いついて、カメラマンや俳優にプッシュしていくことだ」って。ただ、今は現場に井上さんはいないわけだから、自分がやらなければいけないんだって気づいて。ですから、このAD感覚を持ちながら撮影するという部分が一番大変だったかもしれません。

カバーの1枚が撮れた時に、
「あ、なんかできたな」と

ーカメラは何を使われたのですか?

ペンタックス67のフィルムカメラと、ライカの35ミリのレンズとのミックスです。

ー基本的にモノクロの写真で構成されていますが、数枚だけカラ―が入っているのには、何か意図があるのですか?

時代設定が1970年代、カラー写真があってもおかしくない時代なので、数枚ですが、急きょカラーでも撮影しました。

ー写真のセレクトはどのように?

レイアウトは、ADの井上さんに全てお任せしましたが、写真選びは一緒に。フィルムで100本以上撮ったので、ベタの枚数だけでも相当になりました。写真をセレクトする時は、その中から300枚を選んでから焼いて、井上さんと一緒にセレクトしました。井上さんは、すごく写真が好きな方で、たくさんあればあるほど喜んでくれる(笑)。しかも選ぶのもとにかく早い。ですから、セレクトの現場は、ものすごく盛り上がりました。

ーカバーは、タバコを吸いながらウインクをしている写真ですね。

これは、最後の最後に撮れた写真。撮った瞬間「あ、なんかできたな」と思ったんですよ。カバー写真が、最後の1枚でした。

ーとてもインパクトがある写真ですよね。

昔は、誰もが共通して思い浮かべる“イメージ”があったと思うんです。たとえば、ジェームス・ディーンといえば、マリリン・モンローといえば、みたいなね。けれど、最近、そういう強いイメージってないじゃないですか。でも、そうした後々に残っていく“イメージ”をつくることは、写真家としてけっこう大事な仕事だと思うんです。「白洲正子のイメージは?」って言った時に、みんなに、この写真集のカバーや山に向かって走っているイメージを思い浮かべてもらえるようになったら、成功ですね。

ー実際に、白洲さんがこういう表情されたことがあるんじゃないか、もとの写真があるんじゃないかと思っていました。

それがないのが、「やったな!」と。ある有名な方の新しいイメージづくりを他の有名な方の力を借りてつくることができる機会というのは、最近、本当にないんです。今回のような仕事ができたことは、やっぱり写真家として、すごく幸せでしたね。

※白洲正子
随筆家。明治四十三年、樺山伯爵家の次女として東京で生まれる。幼少の頃より能をたしなみ、14歳で初舞台を踏む。アメリカへ留学後、白洲次郎と結婚。戦後は青山次郎、小林秀雄ら戦後の文化人らと親交し、文学、骨董、工芸の世界に造詣を深める。古典文学や古美術に関する著作は多数。「韋駄天お正」と命名される程の行動派で、『四国巡礼』はじめ紀行文も多く残されている。

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Profile プロフィール

若木信吾
Shingo Wakagi
Photographer

1971年静岡県浜松市生まれ。写真家、映画監督。ニューヨーク州ロチェスター工科大学写真科卒業。写真集『Takuji』、『young tree』、『TIME AND PORTRAITs』、『白洲次郎UNKNOWN YEARS』など作品集多数。2004年より出版社young tree pressを興し雑誌・書籍を発行するかたわら、映画『星影のワルツ』を発表。近作にドキュメンタリー作品『トーテム song for home』がある。
http://www.shingowakagi.net/

Item アイテム

『白洲正子 TRAVELING DAYS 
中谷美紀 as 白洲正子』

著者:中谷美紀/若木信吾
アートディレクション:井上嗣也
デザイン:稲垣純(ビーンズ)
出版社:リトルモア http://www.littlemore.co.jp
2,100円(税込)
2009年9月1日/B5判変形/96頁/ソフトカバー
写真集の詳細はこちら

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