大切な誰かとの記憶を蘇らせたり、重ね合わせたりしながら見てもらえるんじゃないかと思います。

中村泰介  Photographer

写真家として「次」の段階へ進むための応募でした。

無名の写真家と無名の被写体だからこそ、
できるのではないかと

---ハイフォトアワード準グランプリおめでとうございます。奥様を撮った作品を応募され、10月末には写真集『妻を撮ること』(雷鳥社)が発売になりますね。

ライフワークとして、人の生き様を写すポートレートを撮っていきたいと考えていました。一方で、いちばん身近にいる妻の姿を、写真に残しておきたいという思いもあって。僕たちが出会ったとき、彼女は30代になっていました。20代の頃を知らないことが、ちょっと悔しく思えたんです(笑)。時が経てば、30代の彼女も見られなくなってしまう。できるだけ今の彼女を、そのままフィルムに写し取りたい。こうした思いが重なって、撮り始めました。

---最初から作品として発表しようと?

いえ、軽い気持ちで始めました。でも撮っているうちに、妻のことが被写体として、とても興味深い存在に思えてきて、撮ることがどんどん面白くなっていったんです。それで一時期は彼女ばかり撮るようになってしまって(笑)。さすがにそれではまずいと思い、一度ケリをつけるために、撮りためた妻の写真を何らかの形で発表したいと考えたんです。そんなときに、ハイフォトアワードのことを知って応募しました。

---奥様は確かに素敵ですが、なぜそこまで。

僕は、彼女の既成概念にとらわれない逞しさに影響された面があって、そこが妻の魅力のひとつだと思っているんですが、結果としてそうした彼女の考え方や世界観まで写真に写し出されていたからかなと思います。

---これまでにも、荒木経惟さんや古屋誠一さんなど多くの写真家が奥様を撮った作品を発表していますが、そうした写真は意識されましたか?

作品はもちろん拝見していますし、比較もされるだろうと思いました。ただ、こうした著名な方の場合、名のある写真家の妻とか、ご自身が著名人の場合は人気女優の素顔といった視点で見られますよね。でも、僕の場合は、無名の写真家と無名の被写体です。そのことをいちばん意識していました。

撮るときは、できるだけそのままの姿を写し取ることを心がけています。仕事で撮るときのように、声をかけて演出したりもしていません。さらに、姿だけでなく、妻がいる空間だとか、妻と僕の間にある時間の流れといったものも、留めておきたいと思っています。はっとした景色や出来事が、記憶に残ることってありますよね。いわば、そんな記憶がそこに写し出されるような写真を撮ろうと思っていました。

---ハイフォトアワードの審査のときは、一般人である“誰かの奥さん”の写真を見たいと思う人がいるだろうかという指摘もあったようですが。

それは当然の疑問だと思います。自己満足だと思われるかもしれません。その問いに対して、僕も確信があるわけではないのですが、僕にとっての妻のように、きっと見る人にも大切に思う人がいますよね。僕の記憶に残したいと思った妻の写真を見ることによって、その大切な誰かとの記憶を蘇らせたり、重ね合わせたりできるんじゃないかと思うんです。無名の写真家、被写体の作品だからこそ、それができるのではないかと。

---準グランプリを受賞したときは、どんな感想を持ちましたか?

当初、写真集を出版できるのはグランプリだけだったので、ダメだったかと、がっかりしたのが正直な気持ちでした。写真集が出せなければ意味がないと(笑)。写真集を出して、写真家として、「次」の段階に進みたいと思っての応募だったんです。
でも、会場アンケートで支持をいただきユーザー賞も受賞したことで、後日、写真集を出さないかと声をかけていただきました。とても嬉しかったですね。

写真に興味はなかったんです。
どこか制限があるような気がして

---学生時代や会社員時代にも写真を撮っていたのでしょうか。

以前はまったく興味がなかったんです。子どもの頃に家族で記念写真を撮ったりするときも、どうして写真なんか撮るんだろうと思っていました。旅先の風景なども、写真ではなく自分の記憶に残せばいいと思っていましたし。写真にはどこか制限があるような気がして、好きじゃなかったんです。

---そんな中村さんがどうして写真に興味を?

社会人になって求人情報誌の制作を担当するようになって、撮影を依頼する立場になりました。求人広告を出稿してもらう会社に出向いて、経営者やそこで働く社員を撮影してもらうんです。そこで出会った多くのカメラマンの仕事ぶりを目の当たりにして、一言で「写真」といっても実に広がりがあるものだなあと、その奥深さに魅力を感じるようになりました。相手の気持ちをアップさせてイキイキした表情を撮る人、温かい空気をつくって穏やかな笑顔を撮る人、相手に挑むような姿勢で撮る人……。撮り方も違えば、たとえ同じシチュエーションで経営者を撮ったとしても出来上がりがまったく違う。

---一緒に仕事をした数多くのカメラマンが、少しずつ中村さんに影響を与えていったのですね。

その中でも、とても印象的な人がいました。その人は、たとえ経営者の取材のときでも、かしこまらずにラフな服装でふらりと現場にやってくる(笑)。そして、社長に話しかけたり、ちょっかいを出したりしながら、リラックスした雰囲気で撮っていくんです。内心、大丈夫かなあと思っていたんですけど、その人の撮る写真はほかの誰のものより、抜群にいい表情を引き出していたんです。
撮る人によってこんなにも違うのかと。あんなに簡単そうに、楽そうに撮って、なんでこんなにいい写真が撮れるのかと。それから「写真ってなんだ?」と(笑)、どんどん惹かれていって、いろんな写真家の作品を見るようになりました。

コミュニケーションいかんによって、
出来上がりがぜんぜん違ってくる。
そんなところもおもしろいと感じたんです

---興味を持ったとしても、それを仕事にするにはかなりの決断がいったと思うのですが。

もともと自分の技術や腕1本で食べていきたいという漠然とした思いがあって。仕事柄、周りにフリーランスの方はたくさんいましたし、あまり抵抗はなかったですね。

学生時代は7年間、ラグビーをやっていました。ラグビーでは、自分がどう出て、相手をどう動かせばいいのかといった、相手との間合いを計ります。写真を撮るという行為は、そうしたスポーツ的な間の取り方と近しいものがあるんです。
人を撮ることは、単にその人の姿を写すだけではなく、その人と撮影する者との間にある“何か”をも写しこむものです。だから、撮る者と撮られる者の関係性をどう築くか、または壊すかといったコミュニケーションいかんによって、出来上がりがぜんぜん違ってくる。そんなところもおもしろいと感じたんですよね。


これだと思ったら即行動に移すタイプなので、すぐに『コマーシャル・フォト』などを見て、いいと思った写真家に履歴書を送りました。確か20人はいたと思います

第1回「ハイフォトアワード」
High photo Japan主催。写真家、カメラマンが審査をつとめることが多い写真賞とは一線を画し、「売れる写真とはなにか」を編集者が考えて選ぶ写真賞。全国から432点の作品が集まり、写真集出版部門、スライドショー部門それぞれ第1次審査を通過した20名の作品の中からグランプリ、準グランプリ、ユーザー賞が選ばれた。2009年3月開催。
第1回審査員
伊藤高(プチグラパブリッシング)鎌田恵理子(求龍堂)後藤繁雄(クリエイティブディレクター)坂田大作(コマーシャル・フォト編集長)藤田宏之(ナショナル・ジオグラフィック編集長)柳谷杞一郎(ハイフォトジャパン編集発行人)安在美佐緒(ハイフォトジャパンマガジン編集長)

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Profile プロフィール

中村泰介
Nakamura Taisuke

1979年東京都生まれ。2002年上智大学法学部卒業後、リクルートに入社し、住宅情報誌の営業を担当。2004年制作部門の分社化にともないリクルートメディアコミュニケーションズに転籍。求人情報誌の広告ディレクターを務めるうちにフォトグラファーへの転身を志し、2007年同社退社。半年間のアシスタント期間を経て独立。2009年「僕の妻について」をハイフォトアワード写真集出版部門に応募し、優秀賞及びユーザー賞を受賞。10月に初の写真集『妻を撮ること』(雷鳥社 1680円)を発売。

Item アイテム

吉野から東京に嫁いできた妻との日々。
見る者に大切な人とのひとときを思い起こさせる心温まる写真集。
『妻を撮ること』(雷鳥社 1680円)

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