いろんな人の生き様を撮っていきたい。時間の流れや変わり行く様とともに。

中村泰介 Photographer

写真家に履歴書を送ったものの、
まったく相手にされませんでした

---反応はいかがでしたか?

まったく相手にされませんでした。まあ、カメラも持っていなかったので、当然と言えば当然ですけど(笑)。でもその中でたった1人、舞山秀一さんだけは会ってくださって、「とりあえず撮ってみれば?」と言ってくださったんです。それからは会社員を続けながら、休日や出勤前の早朝などにとにかく撮りました。
そういえば最近、舞山さんに久しぶりにお会いしてブックを見ていただきました。一言だけ「グッド」と言ってくださいました(笑)。嬉しかったです。

---当時はどんなものを?

最初に興味を持ったのは人物です。スナップのようなものではなくて、相手とじっくり、コミュニケーションを取りながら撮影するものが好きでしたね。1年間やってみて、飽きるようなら写真で食べていくのは無理だろうと思っていたんですけど、撮れば撮るほどはまっていきました。それでやっぱり会社を辞めて、この道に進もうと決意したんです。

---退職したあとはどうされたのでしょう。

普通なら2〜3年、スタジオや写真家のもとでアシスタントを務めるのがいいんだろうと思いましたが、会社を辞めたのが27歳のときだったので、自分にはその時間はないと焦っていました。そこで、アシスタント期間は半年間と決めたうえで、ある写真家に頼みこんで、その方の自宅の暗室に居候させてもらいました。当然給料なんてなかったので、部屋代や生活費はそれまでの貯金でまかないました。

---なぜその写真家に?

いろんな写真家の作品を見た中で、その人の写真が抜群によかったんです。なぜかはよくわからないけど、惹きこまれてしまう。そんな魅力がありました。彼は8×10のフィルムで人物を撮っているのですが、ただ人がそこに立っているだけの写真でも、その人の内面とか生き様を感じさせるような余白があるというか。そんな作品だったんです。

自分がどういう“フィルター”を通して撮れば、
よりリアルを感じてもらえるかを
常に考えるようになりました

---アシスタント生活はいかがでした?

当時は、もっと技術的なことを学べる人のところでアシスタントをしたほうがよかったんじゃないかと思ったりもしました。でも、今振り返ってみると、自分が写真を撮るスタンスとか、写真とどう向きあったらいいのかといったことを考えられた、貴重な時期でした。

---どんなことを感じ取られたのでしょう。

それまでは、斬新な写真がいいと思うようなところがありました。例えばファッション誌で見るような、クリエイティビティを感じさせるものとか。それを作りこまれたフェイクの世界だとすると、彼の写真にはリアルに近い世界感がありました。
写真は撮る人や撮り方によっても、見る人によっても、まったく違うものになりますよね。すべての人にとって“同じ事実”を伝える写真はないと僕は思っているんですけど、それじゃあ、自分がどういう“フィルター”を通して撮れば、見る人によりリアルを感じてもらえるかということを常に考えるようになりました。

---独立後は、すぐに仕事になったのでしょうか。

暗室を出てからは、都心に部屋を借りました。といっても、3畳1間ですけどね(笑)。ありがたいことに、もとの職場の人たちが仕事を振ってくれたりしたので、わりとすぐに忙しくなりました。ただ、それに甘えてしまっていては、フォトグラファーとして次のステップを上がっていけないとも思っていましたね。

---ご結婚されたのもその頃だったとか。

3畳1間から結婚生活をスタートしました。ほんとうは一人前になってから結婚するつもりでいたんですけど、同棲を始める前に彼女の実家に挨拶にいったところ、お父さんから「一緒に暮らすなら、籍も入れてやってくれ」と言われまして。当然反対されるものと思っていたので、驚くと同時に、責任を感じました。たぶんお父さんは、僕を信じてくれたというより、娘の選択を信じたのだと思います。

『3畳1間に妻がやってきた』とか
そんなタイトルにしたいと言われて、
最後までさんざんもめました(笑)

---写真集にまとめるにあたり、
写真のセレクトはどのようにされたのでしょう。

アートディレクションは以前から付き合いのあるデザイナーにお願いしたのですが、写真のセレクトは僕に任せてくれました。300点ほどあった写真の中から、妻の服装や背景などが重ならないように、また、表情や動きなど彼女らしさが出ていると思うものを選んでいます。その写真を生かすような、シンプルなデザインを考えていただきました。

---あとがきの他に、写真にコピーがついています。写真に文章をつけることを嫌がる写真家もいますが、抵抗はなかったですか?

僕も最初は、写真にコピーをつけるなんてと、反対だったのですが、「写真と言葉をかけ合わせることで、見る人のイメージがさらにふくらむ」と言われて、そのときは完全に納得はしないながらもコピーを考えていきました。
とにかく写真の邪魔にならないように、気をつけましたね。逆にイメージを狭めてしまったり、説明的になったりしないよう注意しました。なるべく僕の思いを伝えるように語尾を意識したり、ページを捲っていくうちに、現在から未来へと時間が流れていく様を感じさせるような言葉を選ぶようにしたりもしました。試行錯誤はしましたが、最終的にはコピーを入れてよかったと思っています。

---タイトルを決めるのにも議論があったとうかがいました。

そうなんですよ、タイトルがいちばん大変でした。最初、編集者から『3畳1間に妻がやってきた』とか、そんなタイトルにしたいと言われたんです。それがキャッチーだし、いわゆる売れるタイトルだというのはなんとなくわかります。でも、それは「イマドキこんな部屋に住んでるのはどんなヤツだ?」とか「そんなヤツのところに嫁に?」といった、もの珍しさや見下した興味本位ですよね。それで注目されるのは、僕の本意ではないし、意図するところから外れてしまう。だから、そこはどうしても譲れませんでした。最後までさんざんもめにもめて(笑)、結局は僕の気持ちを汲んだタイトルにしていただきました。
とにかく、初めての写真集ということで、いろいろと大変でしたけど、本音でぶつかり合って1冊を作り上げたことによって、フォトグラファーとしても成長できたように思います。

---最後に、今後の目標を聞かせてください。

人を撮ることが僕の原動力。妻だけでなく、いろんな人の生き様を撮っていきたいですね。仕事ではその人の一瞬を切り取るような写真を撮ることが多いですが、自身の作品では、ひとりの人物を継続して撮っていくような活動をしていきたい。例えば、老人ホームで暮らすおじいさんやおばあさんに密着して、時間の流れや変わり行く様を撮っていけたらおもろしいだろうなと思っています。

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Profile プロフィール

中村泰介
Nakamura Taisuke

1979年東京都生まれ。2002年上智大学法学部卒業後、リクルートに入社し、住宅情報誌の営業を担当。2004年制作部門の分社化にともないリクルートメディアコミュニケーションズに転籍。求人情報誌の広告ディレクターを務めるうちにフォトグラファーへの転身を志し、2007年同社退社。半年間のアシスタント期間を経て独立。2009年「僕の妻について」をハイフォトアワード写真集出版部門に応募し、優秀賞及びユーザー賞を受賞。10月に初の写真集『妻を撮ること』(雷鳥社 1680円)を発売。

Item アイテム

左)「ASAHI PENTAX 6×7」 フィルムサイズが大きく、妻と自分のいる空間までも写し取れる点が気に入っている。中古で1万円程度で入手。
右)「MamiyaRZ67」撮り始めた頃に使用していた。被写体と正対しないウエストレベルファインダーでの撮影は、妻が距離を感じて嫌がったため、後にアイレベルのASAHI PENTAX 6×7に替えた。

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