売れるものを作り続けることができたら、間違いなくこの世界で生きていける。

柳谷杞一郎 Photographer & 「写真の学校 東京写真学園」/松濤スタジオ/雷鳥社 代表

「楽しいと思うことをやって生きていけるなら、それが一番いい人生だよな」ってあるとき思った。だから、いつも好きなことを仕事にするにはどうしたらいいかを考えるんだ。

撮る、出版する、人材を育てる、撮影する場を作る。カタチは違えどすべてその中心には写真がある。自分が楽しんで仕事をするため、そしてよりよい写真と出合うために、30年間走り続けてきた結果。写真家を育成し、写真集を出版する立場から、好きなことで生きる上で必要なことがらを語る。

自分の写真を「世界一キレイだ!」と思ったけれど、残念ながらお金を出して買ってくれる人はとても少なかった

ー代表を務める雷鳥社は、多くの写真集を出版しています。

まぁ、写真集と呼んでいいのかどうかは定かではないのですが、写真を中心とした出版物をたくさん作っているのは確かです。

ー写真集と現在の出版物とは違うものなのでしょうか。

そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないです。ちょっと話が横道に逸れるのですが、僕は、「好きなことを仕事にするにはどうしたらいいか」ということをいつも考えているんです。

実は、高校1年生のときに自分で詩集を作って道端で500冊も売ったんですよ。そして、高校3年のときには「週刊生徒会新聞」を1年間作り続けたんです。

ー当時から文章が得意だったのでしょうか?

いや、文章は下手だし国語と英語は苦手だし、得意なのは物理と数学という理系人間。でも、文章を書いたり新聞を作るのはすごく楽しかったんですよね。だから、大学受験に失敗して浪人していた期間も、広島の予備校で48ページの学内情報誌を作ってました。そしたら、東京から取材しにきた出版社の人と知り合いになりました。「おまえたちそんなに雑誌作りが好きなら、うちの雑誌手伝うか?」みたいな話になって、仕事がスタートしたんです。それまで無給状態で取り組んでいたことでお金をもらえるんことがわかったときは、素直にうれしかったし、驚きました。

そのとき、思ったんです。「自分が楽しいと思うことをやって生きていけるなら、それが一番いい人生だよな」って。

ー確かに、その通りだと思います。

で、それ以来、編集者的な仕事に没頭していくわけです。そしたらあるとき、先輩編集者に「お前は、これからもこの仕事を続けて行きたいのか?」って聞かれたんです。僕は当然、「はい」と答えました。そのときに、その先輩に編集者に必要なABCを教えてもらったんです。

Aはアーティストで、これは物を創る人間なのですから当然といえば当然ですよね。Cはクラフトマン、つまり職人肌であれということです。衝撃を受けたのはBです。こう言われたんです。「お前が今の仕事をずっとやっていきたいのなら、Bのビジネスマンであることが一番大事だ」って。売れるものを作り続けることができたら、間違いなくこの世界に居続けることができますよね。これが僕の原点になっているんです。

要するに、経済活動である以上、「売れなくてもいいんだ」っていう発想は、僕にはないんですよ。でも、33歳で編集者からカメラマンに転身した時には、その信念を忘れて、いかにも写真集っぽい写真集を作ってしまい、結果的には売れなかったんですけどね(笑)。そのことに関しては、今でも後悔しています。

どうしたら買ってもらえるのか

ーその、売れなかった写真集とはどのようなものなのでしょうか。

イースター島で撮った写真を並べた大判の写真集。値段は3500円でした。僕は自分が撮った写真を「世界一キレイだ!」って思っていたんだけれど、この本をお金を出して買おうとする人は、残念ながらとても少なかったんです。

でも、なんとか自分の写真をたくさんの人に見てもらいたいと考えました。だから次は、追加撮影した分も入れて『写真でわかる謎への旅 イースター島』っていう本を作ったんです。この本は一見、ガイドブックに見えるのですが、中身の3分の2は写真が占めています。

ーそこには、どのような狙いがあったのでしょう?

とにかく自分の写真をたくさんの人に見てもらいたかったんです。でも、写真だけが並んでいる本では結果を出すことができなかった。それならば、写真だけじゃなく、イースター島の謎を探るような情報も入った本ならば、面白そうと思って手にとってくれるんじゃないかと。

おかげさまで、この本は10数年前に作ったにも関わらず、ロングセラーになっています。つまり、商品価値がある本になったというわけです。

ーこの本が売れたことが、カメラマンとして活躍する足掛かりとなったのでしょうか。

イースター島撮影には総額500万円くらいかかっていますから、もらった印税だけではペイしてません。でも、出版したことで、確実に次の仕事へとつながっています。たとえば、NHKで放送される世界遺産の特集番組や、ユネスコが世界遺産の記録保存用に作っている映像、中学校の英語や国語の教科書、社会科資料集なんかにも写真が使われています。

ギャラ云々の話ではなく、自分の写真が何百万人もの人に見てもらえ、社会的にも役立っているということがなにより嬉しいんです。最初に作った写真集はなかなかストレートに仕事にはつながっていかなかったけれど、次に作った本はたくさんの仕事や出会いをもたらしてくれました。

いい写真を見たら、その写真のことや撮った人の想いを知りたくなるもの。だから、文章をつける

ー2冊目の本がカメラマンとしての宣伝材料になったということですよね。

その通りです。カメラマンが自分の作品を出版物にするというのは、「自分はこんな写真が撮れます」とプロモーションをしているということですから。その写真集で儲けるというよりは、自分の仕事を広げていくための営業用パンフレットのようなもの。しかも、お金を出して買ってもらうものです。そう考えれば、中身や作りなどに関してサービスをするのは当然。

雷鳥社では、どうしたら、写真を活かしつつ多くの人に買ってもらえるかを考えています。少しでも多くの人に写真を見てもらいたいし、売れなければ写真家だって暮らしていけないですから。

ーちなみに、編集者からカメラマンに転身したのはなぜなのでしょうか。

『エスクァイア日本版』の編集をしていた時期があったのですが、その雑誌は写真やイラストといったビジュアルにとてもこだわる媒体だったんです。そんな環境で仕事をするうちに、ロケハンに行って自分でテスト撮影をしたり、カメラマンに「こう撮ってください」ってラフを描いて依頼したり、撮影現場にカメラを持ち込んで合間にスナップを撮影したりするようになっていった。そんなことをしたら当然カメラマンには嫌われますよね。

でも、そのうちに「あれ?もしかして俺、写真向いているかも。自分で撮った方がいいんじゃないのかな?」って思い始めちゃったんですよね。

ー雷鳥社が出版している写真集は文章が多い印象があります。文章は売れるための要素のひとつなのでしょうか。

写真と文章の相乗効果によって、よりレベルの高い作品として成り立つ可能性が高まると確信しています。いい写真を見れば、その写真のことや撮った人の想いを知りたくなると思うんです。「いい写真だな」と、パッと見て、文章を読んで写真家の意図やストーリーを知ることによって、その作品の新たな魅力を発見し、より楽しめる。文章が写真の邪魔になる、と言う人がいらっしゃいますが、僕はほとんどのケースで、そんなことはないと断言できます。文章があることで写真が、写真があることで文章が、より魅力的になることの方が多い。

だから、うちから出している写真集のほとんどには、文章がついています。でも、手に取って見ていただければわかると思うのですが、ボリューム的には圧倒的に写真が多いんですよ。やっぱり僕は写真が好きだから、心のどこかで、「写真を見てもらいたい」と願う気持ちが強いんだと思います。

ー写真家の方たちは、文章を載せることに対してすんなりと納得されたのでしょうか。

いや、いろいろなせめぎ合いがありました。やっぱりカメラマンは、写真だけで自分のメッセージや考えを伝えたいと思うものですから。文章を載せることに抵抗を感じる方は、少なからずいらっしゃいます。「この写真を多くの人に見てもらうためには、文章を載せた方がいいと思いますよ」って提案をします。

ーそれは、ご自身の経験に基づいた提案ということですよね。

そうです。たとえば、うちから出している写真集のひとつに、タクマクニヒロさんの『ブルー・ノート』があります。これは3万部以上売れている雷鳥社のベストセラーのひとつです。但し、この本は僕が説得して文章をつけてもらったのではありません。タクマさんには最初から伝えたいメッセージがあった。素晴らしい写真に、魂のこもった文章が加わることによって、この本は5倍も10倍も魅力が増していると思っています。

問題は判型でしたね。タクマさんは横位置の写真が多いこともあって横長変形を希望されたんですが、最初は反対しました。横長の本は書店の棚に置きづらいんです。だから、絶対に売れないと考えていました。

ー言われてみれば、確かにそうです。

今はネットが主流の世界になってきたから横位置の写真が増えましたが、少なくとも、僕が30年間過ごしてきた出版の世界では、基本的には縦位置の写真が使いやすいんですよね。だからプロのカメラマンは、基本的にはカメラを縦に構えるケースが多いんです。少なくとも書店は、横長よりも縦長の本を歓迎します。つまり縦長の本が売りやすいんです。

でも、『ブルー・ノート』は結果的に売れたわけですから、編集者の常識よりも写真家の直感のほうが正しかったというわけです。

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Profile プロフィール
柳谷杞一郎
Kiichiro Yanagitani

1957年広島生まれ。
修道学園中・高等部、
慶応義塾大学文学部卒業。

出版・広告物の制作ディレクターを経て、’88年に『エスクァイア日本版』の月刊化に際し、編集者として参加。’90年より副編集長。’91年にカメラマンに転身。その後、松濤スタジオ、写真の学校/東京写真学園、雷鳥社の運営者として写真と深く関わる。

写真の学校/東京写真学園 URL http://www.photoschool.jp

松濤スタジオ URL http://www.shoto.co.jp

雷鳥社 URL http://www.raichosha.co.jp

Kiichiro Yanagitani URL http://www.yanagitani.cc/index.php

Item アイテム

『ブルー・ノート』
(1,575円 著・タクマ クニヒロ 雷鳥社)

空のブルー、波のブルー……。
ブルーってこんな素敵な色だったんだ。
25歳で会社を辞め、独学でカメラマンになった著者から、夢に向かって一歩踏み出せず、迷えるあなたへ贈る心に響く写真集。

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