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ら行-雑誌名
ライフ

1936年、アメリカで創刊。世界的な報道写真家が多く活躍するグラフ誌。創刊当時のスタッフは4人だった。休刊や復刊を繰り返すも、2007年再び休刊となる。

流行通信

1966年創刊。日本のファッション誌。ファッションだけでなく、アート・カルチャーの分野も扱う。

relax

1996年創刊。マガジンハウスから発行。2000年にリニューアル創刊し、アート・カルチャー・ラフスタイル・音楽・映画・ファッションなどから1つのテーマを取上げ、特集を組むスタイルの月刊誌。2006年休刊。

ローリング・ストーン

アメリカで1967年に創刊。音楽、大衆文化を扱う。日本、イタリア、ドイツ、オーストラリア、中国などでも刊行。日本では、1973年〜3年間刊行。時を経て、2007年3月、正式に「ローリング・ストーン日本版」がスタートした。

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ら行-人名
ラガーフェルド

1938年
ドイツ生まれ。シャネルなどのファッションデザイナーとして活躍。写真家でもある。1984年には、自身のブランド「カール・ラガーフェルド」を立ち上げた。

リー・フリードランダー(Lee Friedlander)

1934-
ワシントン州で生まれる。14歳の頃からカメラを持ち歩き、撮影していた。ロサンゼルスでは、エドワード・カミンスキーに師事。ニューヨークでフリーカメラマンとして活動し『エスクァイア』などの雑誌や、レコードジャケットの撮影をする。「ニュードキュメンツ展」に出展し、ソシアル・ランドスケープ(社会的風景)と呼ばれるスタイルで注目を得る。日常の風景やポートレイト、植物など中心に、個人の視点で捉えた多くの作品は、高い評価を得ており、その後の写真表現に大きな影響を与えたとも言われている。日本を何度か訪れ(1976年、1979年、1981年、1984年)桜の撮影をしており、源氏物語、谷崎潤一郎、三島由紀夫、川端康成などの日本文学にも親しんでいる。/1981年『Flowers and Trees』、2004年『Lee Friedlander: Family』、2006年『Cherry Blossom Time in Japan: The Complete Works』

リゼット・モデル

1901年
ウィーン生まれの写真家。ときに、奇抜すぎるほどの作品を発表した。美術大学や自宅のプライベートクラスで写真家の育成に励んだ。

リチャード・アベドン

1923-2004
アメリカ・ニューヨーク生まれ。幼少時よりカメラに親しむ。1944年『ハーパース・バザー』誌のアレクセイ・ヴロドヴィッチと出会い転機となる。1946年から『ハーパース・バザー』1965年から『ヴォーグ』で、活躍する。1958年「世界の十大写真家」に選ばれる。1965年頃の年収は、25万ドル(当時日本円で8,700万円)とも言われている。1967年ビートルズのポートレイト撮影。1999年、宇多田ヒカル「ADDICTED TO YOU」のCDジャケット撮影を手がける。1999年『The Sixties』 

ロダン

1940年生まれ。フランスの彫刻家オーギュスト・ロダン。「考える人」を作った人物。スタイケンは、1902年『ロダンの肖像』を発表している。

ロバート・キャパ

1913-1954
ドイツ・ブタペストで、洋服屋のユダヤ人家庭に生まれる。大学時代、暗室係として働き写真と出会う。1933年パリへ。1936年スペイン内戦勃発以降、フォト・ジャーナリストとして、最前線へ。この年、「崩れ落ちる兵士」を撮影。フランス雑誌『VU』に掲載。1937年同写真が『ライフ』に掲載。それ以降も最前線での撮影を続け、フォト・ジャーナリストとしての地位を確立。1954年日本へ初来日の翌月インドシナ戦線で、地雷に触れ他界。

ロバート・フランク

1924-
スイス・チューリッヒ生まれ。20歳頃で、ミヒャエル・ヴォルゲンジンガーの助手となる。1947年ニューヨークにて『フォーチューン』『ライフ』に仕事の後、1948年『ハーパース・バザー』に入り、アレクセイ・ヴロドヴィッチと仕事し、影響を受ける。1955年グッゲンハイム財団奨励賞を受け、1956年『アメリカ人』を出版。1980年代後半から、ファッション写真で、コムデギャルソン、ロメロ・ジリなども手がける。1958年から映画製作にも取り組み『ムービング・ピクチャーズ』などがある。

ロバート・メイプルソープ

1946-1989   アメリカ ニューヨーク州
24歳まで、プラット・インスティチュートで美術を学ぶ。ポップアートへの意識が高かった。20歳の頃、歌手のパティ・スミスと出会い共同生活を始め、ともにトップアーティストへ。1973年にポラロイドでの作品をグループ展へ初出展している。男性・女性ヌードや、花を被写体としたものが多い。作品の内容から、高評価と批判を同時に受けることも。1980年以降は、広告写真も撮り始める。1986年エイズの診断を受け、ロバート・メイプルソープ財団を設立。/1992『Mapplethorpe』、1999年『Pictures』、2001年『Autoportrait』など。

ロベール・ドアノー

1912-1994 
フランスを代表する写真家。自動車メーカールノーの広告写真やヴォーグ誌での仕事、パリのスナップ写真などを残している。

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ら行-賞名
ライフタイム・アチーブメント賞

ルーシー・アワード賞の中の1つの賞。写真の技術にその人の全生活をささげたとも言える個人に与えられる。過去の受賞者は、リチャード・アベドン、ヘルムート・ニュートンなどがいる。

ルーシー・アワード賞ヴィジョナリー賞

写真家のすばらしい業績を讃え贈られる、写真界のアカデミー賞とも言える賞で様々な写真の分野から選出される。 ヴィジョナリー賞は、教育や写真技術の発展に貢献した個人に与えられる。

ロバート・キャパ賞

1955年、ライフ誌とアメリカ海外記者クラブにより、キャパの功績を讃え、その精神を受け継ぐため、賞が創設。世界の報道写真を対象に、贈られる。日本人では、沢田教一が受賞。他は、カトリーヌ・ルノワー。

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ら行-写真集・作品など
Lee Friedlander

2005年出版。ニューヨーク近代美術館での回顧展に合わせて出版されたもの。約800点もの作品が収録されている。

LET ME IN

2007年出版。マリオ・テスティーノが手がけた、ハリウッドスターやミュージシャンなどのセレブリティー満載の写真集。

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ら行-写真展
ライカによる文芸家肖像写真展

日本工房主催の第1回展。東京銀座・紀伊国屋で開催された。

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ら行-スタジオ用語
ラチチュード

用語・フィルムの寛容度。フィルムが記録できる露出明暗の範囲。

ラッテンフィルター

品名・イーストマンコダック社製のレンズフィルターでゼラチン製のシートフィルター。フィルターホルダーを使ってカメラレンズ前に装着する。

ランプゲージ

品名・フォトランプ、アイランプを使用する際に使う保護用のカバーのついたソケット。

リバーサルフィルム

品名・ポジフィルムのことで「リバーサル」と略す。

両ダボ

品名・ダボの種類で両側に通常の17mmのオスダボになっているもの。メスダボの機材どおしを連結して使用する時に使う。

ルーペ

品名・拡大鏡のこと。ビューアーでポジフィルムをチェックするときの必需品。ビューカメラのピントを見るときにも使用する。

レイアウト

用語・文字や写真を配列する作業のこと。

レフ板

品名・松濤スタジオでは、おもに屋外撮影に使う手持ちの反射板のこと。折りたたみ式の円形のものや手頃な大きさの発砲ボードがある。アルミ拍をはったものは「銀レフ」という。

れんが

用品・ケント紙で包んだれんが。電話帳と同じように使う。

ローキー

用語・暗いトーンで、暗部を重点に画像が構成されているもの。

ロースタンド

品名・ライトスタンドの種類で、松濤スタジオではいちばん低いスタンド。RDS社製の1K補助スタンドのこと。

ロケ

略語・ロケーション「撮影する場所」。通常はスタジオ撮影と区別して「外ロケ」といい、屋外撮影を指す。

ロケアシ

用語・ロケーションアシスタントのこと。松濤スタジオでは他社のスタジオアシスタントがカメラマンの要請で撮影助手として当社に来たときや、または当社のスタッフが他社にいったときに呼ばれる名称。フリーのロケアシさんはそれを職業にしている人を指す。

ロケハン

略語・ロケーションハンティングのこと。撮影場所に行き、下見をして、ポラなどでテスト撮影したりすること。屋外撮影時、まず現場についたら、カメラマンと担当者、またはAD担当者がロケハンに行き、その間にモデルさんはメーク、スタイリングをする、という段取りになる。 

ロケバス

職種・ロケーション用移動バス。ハイエースからアメ車のキャンピングカーまで車種はさまざま。また、ロケバスさんとは、ロケバスのドライバーさんのこと。

露出計

品名・フィルム感度、シャッタースピード、絞り値で表す光の計測装置。被写体からの反射光を測定する反射光式と被写体に当たる光をその場にいって計測する入射光式がある。

ロング

1.品名・望遠レンズのこと。
2.用語・離れることで「もっとロングに撮る」等という。
3.俗語・スタジオの撮影予定で長時間のもの。

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ら行-その他
ライト・パブリシティ

広告制作会社として1951年設立された。多くのクリエイターが育っており、写真家では、ホンマタカシが在籍していたこともある。

リアリズム写真運動

1950年頃〜1950年後半
土門拳らによって、提言された、「絶対非演出写真」の表現方法。加工することなく、あるがままを写した写真。この考え方は、写真家へ大きな影響をもたらしたが、土門自らの言葉で、その終息がうたわれた。

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